スペシャル粋トーク

2013年 冬号

本気で情熱を伝える教育を

授業の3分の2は雑談

かしの 塾で教えていた子どもたちが大人になった後も辻さんを慕って集まってくるそうですね。

教え子たちが社会に出てからさまざまな世界で活躍し、頑張っている姿を見ると、私の情熱が少しでも伝わったのかなとうれしくなります。教育というのは、社会と融合できる人間をどう育てるかであって、成績や学力を伸ばすことではありません。私は塾での授業の3分の1は勉強に充てていましたが、残りは雑談でした。英語や数学なんてのはあくまでも知識の切れ端であって、それよりも社会っていうのはこういうことなんだということを話すんです。今、教え子たちに、「私が昔、塾で話したことでどんなことを覚えているか」と聞いてみると、勉強ではなく、雑談の話ばっかりですね。

神戸市長田区生まれ。外資系企業に勤務後、昭和35年頃、長田区内に高校生を対象にした学習塾「辻塾」を開く。その後、中学生にも対象を広げ、約50年の間に1,000人の生徒を送り出してきた。現在はゴルフやテニスなど多彩な趣味を楽しんでいる。兵庫県私塾連盟理事長を約30年務める。

本気でなければ伝わらない

かしの 情熱の"のれん分け"ですね。教え子の皆さんに辻さんの思いが伝播しているのでしょうね。

私は教えていても子どもにへつらおうなんて気持ちは毛頭ありませんでした。まず教えるべきことは、心のありようです。あいさつをする、人に迷惑をかけない、といったことを何度も言います。とっても性格の悪い男の子がいましてね。何度言っても直らなくて、ある日人を傷つけるようなことを言ったものだから、机ごとけり倒したんです。そうしたらしばらくして性格がコロッと変わりましたよ。手も足も出していましたが、私は間違ったことをしたと思っていません。子どもたちが社会に出て通用するように、と心から願うあまりにそうなってしまうんですから。私が本気で向かっていかなければ、子どもたちも本気で受けてくれません。それでも世間は私の手を出したところばかりを見て非難しようとします。じゃあ、その子どもたちと誰が正面から向き合うのでしょうかと言いたいですね。

樫野孝人(かしのたかひと)/須磨区在住・昭和38年生まれ
樫野孝人(かしのたかひと)/東灘区在住・昭和38年生まれ

飛松中学、長田高校、神戸大学卒業。リクルートを経て、(株)IMJの代表取締役社長に就任し株式公開。2009年神戸市長選挙に立候補するも惜敗。現在、(株)OKwave取締役、Kiss FM取締役を務めながら神戸リメイクプロジェクト代表として神戸の活性化を推進中。また広島県庁の広報統括責任者、京都府参与として地方自治体の改革も手掛けている。新著は「地域再生7つの視点」(カナリア書房)

教育はみんなでやるもの

かしの 私も65を過ぎたらそんな子どもを育てる塾の先生をやりたいと思っていました。辻さんは今の教育についてはどのように思っていますか。

そもそも教育は学校だけでやるものではなく、みんなでやるものです。事実、学力を伸ばす勉強はほとんど塾が担っているのではないでしょうか。今、学校で行われているような、みんなを平等に底上げしようとする教育では、できる子、できない子どちらにとっても中途半端な教え方になり、どの子も育ちません。落ちこぼれを作らないようにしようなんてしょせん無理な話。教師にそれを求めてもスーパーマンじゃありませんから、できるはずがないのです。みなそれに気づいているはずなのに、触れようとしない。小中高の6・3・3制を撤廃してアメリカのように12年生にして、一貫教育の中で長い視野で子どもたちを育てていく必要があるのではないでしょうか。世の中が変わらないのはマスコミも悪いのです。世論のうち80%が賛成していて、20%が反対していることでも、20%の方ばかりを取り上げます。マスコミの影響力は政治家の影響力よりよっぽど大きいですから。その情報をうのみにしてしまっています。

信念を持って

かしの 辻さんが身上としてきたことは何でしょうか。

信念を持つことです。頭や口先で考えたことできれいごとだけ言っても相手には伝わりません。ついこの間も、ある子どもがごみを道端にぽいと捨てているのを見て、「拾いなさい」と言いました。何も言わないから、「はい、の返事は」と。いい年齢をしてやめようと思うのですが、いつまで経ってもこれはやめられません。相手が誰であろうと間違ったことはいけない、とつい口に出てしまいますね。

かしのたかひと今回のツボ

私も中学生の時に「辻先生に出会い、教えてもらいたかった」と素直に思いました。歯に衣着せぬ物言いが時に誤解されたり、過激と捉えられたりしてきたそうですが、物事の本質をズバっと切り取ってお話してくださいます。そして発する熱量がすごいです。このエネルギーを受けていると自然とこちらも元気になります。辻先生は子どもだからといって遠慮せずに、学校の勉強以外の社会の仕組みや世界の流れを教えてきたと言います。中曽根康弘元首相が教育について「小学校は心の軸を教え、中学校は家とか世界とか、自分と外部との関係を認識させるのが大切」と語られていますが、きっと辻先生は天下国家と生きる術を熱く語っていたのだと思います。おそらく当時の中学生は半分も理解できていなかったかもしれませんが、そのエッセンスは頭の片隅にインプットされ、その後の人生に大きな影響を与えているでしょう。辻先生の教え子だった友人が私の周りに何人もいますが、個性豊かな面白い面々が揃っているのが何よりの証拠です。教育改革は一人一人の先生の熱量と力量を上げる事が何より重要であり、それを阻んでいる様々な要因を取り除き、先生が本来持っている力を最大限発揮してもらえるようにするのが政治の役割ではないでしょうか。

取材協力

喫茶詩音(しおん)

明るく開放的な空間で、ゆったりした時間を過ごせます。
ソファー席、個室もあり。

TEL:078-642-3747
長田区若松町5-5-1 ジョイプラザ2F
10:00~19:00ラストオーダー  不定休

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