坂野 今も、「デニムバッグ」の図案のデザインは藤井さんがお考えになられているそうですね。
藤井 春と秋の年2回、新たな図案のデニムバッグを4つは出しています。サイズの決まったデニム生地の上に、ハサミを入れたフエルトや布を並べて、それぞれについて4案ほど出してから、皆と一緒に意見を出し、絞り込んでいったものを図案にし、一度刺してみます。そのようにしてできたサンプルをもとに、指示書をつくり、加工者の方たちが手作業で刺してくださいます。
坂野 図案を考えるときに心がけていることは何ですか。
藤井 決められたバッグの大きさの中で、いかに今のお嬢ちゃま方、お母様方に、欲しい、かわいい、楽しい、と思って持っていただけるかどうかを考えています。そのためには、刺してくださる加工者の方が図案を見たときに「かわいい。この図案を刺したい」という気持ちになっていただけるかが大事です。そういうことはファミリアに入ったときに、厳しく教えていただきました。今は、女性ファッション誌をいつも傍らに置きながらアイデアを考えています。ファミリアらしいテイストは守りながらも、そこに今の風を入れることが大切だからです。
神戸市生まれ。兵庫県立第三神戸高等女学校(現御影高校)。32歳で生産に携わる手芸加工者を5年経験したのち、株式会社ファミリアに入社。バッグやハンカチなどの洋品からベビー服・子ども服まで、ファミリア商品の手芸品全般の企画に携わる。現在も毎年2回発表する3~4パターンのデニムバッグのデザインをはじめ、多くの手芸デザインを手がける。
坂野 ファミリアに入られた経緯は。
藤井 病弱だった夫の世話で家にいることが多く、好きでよく手芸をしていました。その様子を知って、幼稚園に通っていた娘のお友達のお母様が「それならうちの研究所に来て手芸を手伝いませんか」と声をかけてくださったのです。しばらくして夫が亡くなった後に、正式に社員として誘ってくださったのです。
坂野 入社したころ、どんなことを教わりましたか。
藤井
入社するとき、創始者(坂野惇子さんたち)にまず「買ってくださる方が楽しいと思えるよう伝えることがあなたの仕事ですよ」と言われました。母親が子どもに縫うような気持ちで刺すことを徹底して教わり、動物を図案にするときは、まず動物園へ行って形や動きを見てくるように指導されました。おめめの位置が少しでも違うと、「このクマどこを向いているの」と指摘を受け、主役の子たちと動物たちは必ず目線を合わせるように教えられました。
当時の図案デザインの出典は外国の絵本などでした。阪神間の上流家庭で育った方が小さいときからいいものを見て、触れて培われた感性が図案の中に表現されていました。ですから、縫う人もそういうものを受け入れる下地がある方でなければなりませんでした。ですから、身につけるものについても「きちっとしたものをきちっと作る会社なのだから、きちっとした格好をしてください」と言われたものです。
株式会社ARIGATO-CHAN代表取締役社長。甲南大学経済学部卒業後、広告会社の博報堂を経て、株式会社ARIGATO-CHAN設立。『NUNOBIKI NO MIZU』を代表作として、観光を切り口に、ハートフルな企画で、地域活性化に繋がる各種プロジェクトのディレクションや企画立案等、幅広く携わる。また『街そうじ』をプロジェクトにした全国で活動する『Green bird神戸チーム』のリーダーも務める。
http://arigato-chan.com/
坂野 そのようにして会社の精神、社風がかたちづくられていったわけですね。
藤井 そうです。あと、大切にしていたのは、みんなで作り上げるということ。だれか一人が発想したことでも同じ部屋にいたみんながわいわい意見を出し合っていました。自分が思わなかった角度からアイデアをもらい、自分のものにプラスしてよりよいものにしていく訓練ができていたように思います。そのようにしてものが出来上がると、「みんなで作った」という愛着も生まれます。ですから、私は今、若い方たちに「さらの目を大切にしてほしい」と伝えています。他者の声に耳を傾けるということです。ひとりよがりにならずファミリアのテイストを守ることにもつながります。
坂野 ファミリアらしさを若い人たちにどのように伝えているのでしょうか。
藤井
言葉で伝えられることは、話したり、書いたりして伝えています。たとえば、指示書の中では、ボタンを実際につけるときには、ちぎれたら困るので、何番の刺繍糸を使って、どのように糸を通すかまでを毎回必ず書くようにしています。皆さんわかっているだろうと思いながらも、もし間違いがあっては困ると思いあえて書くのです。それが受け継がれてきたファミリアの良識です。
でも、言葉では伝えられないこともたくさんあります。ですから、私がいつも「私がいる限りは私のそばにいて盗んでね」と言っています。それしかないと思っています。私も同じように創始者たちの姿を見て、学んできたのですから。
『自分が楽しむ事が、もっとも大切』
ファミリアの現役デザイナーの藤井茂美さんは、大人気のデニムバッグをデザインして四十年以上。愛され続けるデザインを、ハサミひとつで生み出してきました。デニム素材にかわいいアップリケが愛らしい手提げバッグは、もともとピアノのレッスンバッグ(お稽古バッグ)として作られたものが、阪神間の女子中高生の定番として広まりました。
『母親が子どもに作る気持ちを大切に』
ファミリアの全てのデニムバッグは手作りで、工場ではなく一般家庭の主婦である加工者さんのもとで丁寧に手作業で作られています。3世代に渡って受け継がれている方もいます。
『フエルトのアップリケにもたくさんのこだわりがある』
まるでお話するように、子ども達の想像をふくらませることができるように、図案の中にはそれぞれの物語があります。このような代々受け継がれている物語性も好まれています。アップリケの登場人物のポーズにも無理がないように作ってあり、「かわいいお顔になりますように」と、心が入ると表情が生き生きと変わります。特に目の位置は大切で、すべて手刺繍で表現されています。
ニコニコしながら、下書きなしで、ちょきちょきとハサミだけで、デザインを生みだす藤井さんのお話を聞きながら『手作りであるからこそ、愛され続けるものがあるということ』『愛情のこもったモノづくりの姿勢』が、ロングセラーに繋がると言う事を勉強させて頂きました。