かしの 今なお登山家として挑んでおられます。そのルーツは。
磯部 中学生の時に岩登りのまねごとを始め、高校時代に社会人の山岳会に入って、本格的に打ち込むようになりました。大学を出てから、有馬でスポーツ用品店を開き、登山やスキーの道具選びをしながら北アルプスなどのガイドとして同行しました。
かしの 60歳の時に、単独でマッターホルンに登られたんですね。
磯部 いつかヨーロッパの三大北壁、マッターホルン、アイガー、グランド・ジョラスに登ると決めていました。ところがメディカルチェックを受けたら胃がんが見つかって、2003年8月に胃と脾臓の全摘手術を受けたんです。でも、目標があるからがんばれました。今思うと無茶ですが、病院を抜け出して岩登りのトレーニングをしていました。手術から1年後に、登頂に成功しました。がん患者の前でもお話しするんですが、がんは、突然亡くなる事故や脳梗塞などに比べれば、わずかでも余命があるわけです。その間、充実した人生を送って、人生を使い果たすことができるんだということを伝えています。
かしの 登山は死といつも隣り合わせだと思います。磯部さんをそこまで駆り立てるものは何ですか。
磯部 今年2月にも西穂高でガイドをしていて、三日間猛吹雪に遭って胸まで新雪のラッセルにつかり、このまま死ぬんかなあと思いました。山登りは気持ちいいことないんですが、今まで生きてこられたのは山のおかげですし、癖みたいなもんで、体の一部になっています。ひと月でも行かなくなると自分に気力がなくなったのかなと思う。そっちのほうが恐いですね。
神戸市北区生まれ。有馬で生まれ育ち、登山に目覚める。社会人になった後も、仕事の傍ら、年間100日ほど登山に時間を割き続けた。1971年、スポーツ用品店の雷鳥スポーツを創業。以降、ライチョウグループとしてスポーツ施設の工事、スポーツイベントの企画、ヒュッテの経営など事業を広げている。
http://www.raicho.jp
飛松中学、長田高校、神戸大学卒業。リクルートを経て、(株)IMJの代表取締役社長に就任し株式公開。2009年神戸市長選挙に立候補するも惜敗。現在、(株)OKwave取締役、Kiss FM取締役を務めながら神戸リメイクプロジェクト代表として神戸の活性化を推進中。また広島県庁の広報統括責任者、京都府参与として地方自治体の改革も手掛けている。新著は「地域再生7つの視点」(カナリア書房)
かしの 海外に何度も登山に出て、神戸を感じることはありますか。
磯部 海外に出る時は、いつもどこから来たのかを説明するために、神戸の絵葉書を持っていきます。ユングフラウの拠点であるスイスのグリンデンヴァルトで六甲山からの夜景の絵葉書を見せたら「君のところは海が見えるのか」と感動してくれ、姉妹提携をしようとまで言ってくれました。山に囲まれたスイス人の中には一生海を見ない人も多いそうです。そこで、帰国してから神戸遊牧民という事業部を作って、「ポマス」という登録商標をとりました。ポート・オブ・コウベ(神戸港)、マウント・オブ・ロッコウ(六甲山)、スパ・アリマ(有馬温泉)の頭文字をとったもので「ポマスと呼ぼう、KOBE CITY」をテーマに世界に向けて発信しています。海、山、温泉のセットは世界を探しても、まねのできない資源だと思っています。
かしの 有馬では、NPO有馬保勝会などの活動にも力を入れておられます。
磯部 遊びでも商売でも有馬の山にはお世話になったので、ふるさとの山に恩返しをし、自然を守っていこうという気持ちで設立しました。四百年前の文献をもとに太閤さんの高塚の清水を2年がかりで探り当てました。秀吉がお茶会のためにわざわざ取り寄せたという水です。水質検査に出したら非常にいい水であることがわかりPRしています。毎朝、トレーニングも兼ねて有馬温泉を一周してごみ拾いをし、夜はピッケルとリュックを持ってお寺やら石垣を登って、焼酎飲んで帰るのが日課になっています。
かしの 生まれ育った有馬への提言はありますか。
磯部 マッターホルンの地元の人たちは、「自分たちはマッターホルンのおかげで生活ができている」ということをわかっているから、「よく来てくれた」とおもてなしの気持ちが徹底しています。子どもまで言いますから。有馬の人たちもそういう気持ちでお客さんを迎えなければなりません。あとは、いろんなレベルの宿泊施設があっていいと思います。子どもとハイキングに行くときは五千円の宿、結婚式の時は五万円の宿というように。六甲山を登った人がもっと有馬温泉に降りてきてくれるようになれば、まだまだ有馬はにぎわいます。
かしの おもてなしの気持ちは必然から出ているんですね。磯部さんのこれからの目標を聞かせてください。
磯部 実はアイガー北壁の挑戦に2年続けて失敗しているんです。何とか次は成功させたいなと思っています。
「がんで良かった。いろいろ動く猶予期間がある」この言葉には衝撃を受けました。 そこまで人生ポジティブになれるのだと。 磯部さんのパワーの源は好奇心と天性の前向きな資質から生まれているのだと思います。 私も何か困難な状況で前に進むときは「命取られるわけじゃなし」と、 おまじないを唱えていますが、まだまだ磯部さんの域には達していないです。 その命さえ危ない状態で冷静に状況判断されている凄さを感じます。 もうひとつ磯部さんの言っていた「おもてなし」。 ある雑誌の観光調査において自分の住む街に愛情を持っている度合いが高いほど(ご当地愛)、 観光客数が増えるという相関関係があるそうです。 磯部さんのような方が有馬に増えると、ますます楽しみですね。 そういえば、先日、新神戸からタクシーに乗った時、 運転手さんが神戸のことを悲観していました。 まずはこのあたりから変えていく必要があるかもしれませんね。
鼓ヶ滝に向かう緑豊かな滝道沿い。かつての関西財閥の別荘跡の敷地に建つ温泉リゾートの宿。全10室の客室はすべて離れで100m2の広さのスイートルーム。
TEL.078-904-0554
神戸市北区有馬町958